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感想
兄弟の形が崩れる瞬間について
弟・猛と兄・稔の兄弟の関係。
稔はいわゆる「よくできた人間」として描かれています。
それに対して猛は「人としてはどうかと思うけど魅力的な人物」に描かれている感じです。
写真家として東京に出て行くという猛の自由のために、家のガソリンスタンドの手伝いや父親の面倒を見る稔が犠牲になっているようにさえ見えます。
つまり、できた兄がバランスを取ることで成立している兄弟関係なんです。
これが劇中で明確に崩れる瞬間があります。
猛が稔と面会するシーン。
明るく振る舞う猛に対して、それまでの人物像からは考えられなかったくらい斜に構える稔があらわれます。
猛「みんなちゃんと温かく迎えてくれるって。」
稔「おまえが…あの町のこと温かいなんて…変なの。」
「まぁ、あのスタンドで一生生きていくのも、この檻の中で生きていくのも大差ないなぁ。」
「馬鹿な客に頭下げなくていいだけ、こっちのほうが気楽だ。」
「あのチンピラ。俺スッとしちゃった。どうせなら頭叩き割ってやるんだった。」
猛「そうゆうこと言っちゃダメだって…。」
稔「え、なんで?お前がいつも言ってるようなことじゃん。」
それまでの稔は絶対にこんな皮肉や暴言を言うような人ではありませんでした。
おそらく、さまざまなことが重なって、それまで稔を保っていたものが崩れた瞬間となったのだと思います。
・背負っていた周囲からの期待がなくなったこと
・刑務所でガラス越しに話す弟が柄でもなく明るく振る舞い、どこか他人事のようであること
・自分はこんな状況なのに、外の世界でこれまでと変わらず自由に生きている弟に対する嫉妬
・刑務所にいるストレス
それまで自分に見せたことのない敵意を兄から向けられた猛も、この場面を境に兄の本性がわからなくなり、不信感を募らせるようになりました。
作品としても明確な転換ポイントになっていて、なかなかシビれる個人的には大好きなシーンでありました。
一切描かれない、兄・稔側の心情について
劇中では、弟・猛の視点で物語が進行していきます。
そのため視聴者としては当然、猛に感情移入をするのが基本となります。
そこでわからなくなるのが、兄・稔の心の内です。
何を考えているのか。
兄の本性は一体どれなのか。
劇中の猛もおそらく同じ気持ちでいたのだと思いますが、稔が何を考えているのか、本当にわからないんですよね。
猛が何度か、智恵子が橋から落ちる場面を回想するシーンがあります。
「橋から稔が突き落とす」パターン。
「稔は智恵子を助けようとするが落ちてしまった」パターン。
両方のパターンを回想します。
これはきっと、稔が何を考えているかわからず、本当は悪人なのではないかと思ってしまう気持ちと、いやいや稔に限ってそんなことはあるわけがないと思いたい気持ちの間で、まさに「ゆれる」心理を描いているのかな、と感じました。
本当は殺していないのに、自暴自棄になって悪態をついているだけの稔なのか。
実は意図的に殺していて、刑を逃れるために嘘をついている稔なのか。
稔視点が無い本作で、どちらだと考えて見るのかで、ラストシーンの解釈も変わってくるところに面白さがありました。
ラストはどうなったのか?
ラストシーンは、7年後に刑務所から出た稔が家に帰らずに、そのままバスでどこかに行こうとする場面でした。
バスに乗り込む直前の稔に向かって、道路の反対側から猛が叫びます。
猛「うちに帰ろうよーー!!」
そのときの稔の表情が、最後一瞬、笑顔を見せたかに見えて、エンドロールへと切り替わるのです。
このあと、稔は家に帰ったのでしょうか?
乗るはずだったバスをやり過ごし、猛と言葉を交わし、和解して、家に帰ったのかもしれません。
反対に、猛の呼びかけには応じず、そのままバスに乗ってどこかへひとりで行ってしまったのかもしれません。
どちらとも解釈できますし、それは観る側に完全に委ねられていますが、私としては、稔は家には帰らなかったのではないかと思います。
さきほどの、稔は智恵子を橋から落としたのかというところの解釈とも関連しますが、私は稔は橋から落としてはおらず、助けようとしたが助けられなかったのだと思っています。
稔はやはり、「よくできた人間」という人物像が根っこにあり、だからこそ智恵子を助けられなかった自分を誰よりも責め、許せなかったと思います。
裁判で猛が証言し自分を断罪した瞬間、どこか救われたような表情をしたのも、そのためなのではないでしょうか。
稔にとっては、智恵子を殺した自分に対する刑ではなく、智恵子を助けることができなかった自分に対する刑なのです。
そして、そんな稔だからこそ、定められた刑期を終えたからといって、スッキリ家に帰るという選択肢はとらない、とれないと思います。
もしかしたらこの場面よりもっと先、どこかで稔が自分を許せたときに、猛をはじめ家族のもとに戻ることはあるのかもしれません。
そうあってほしいなとも思います。
ただ、この場面では、おそらくすんなりと家に帰れる稔ではなかったのではないかな、と私は思いました。
まとめ
なかなか解釈の仕方がわかれるタイプの映画だと思います。
その分、観た人同士で議論するには盛り上がりやすい映画だなと思いました。
また、テレビドラマと違い、映画には観る人に解釈を委ねる「行間の多さ」や「説明能力の低さ」があります。
本作はそういった行間や説明の量がいい塩梅だったので、色々と自分の中で思索をめぐらすことができて、観終わったあとも楽しむことができました。
今回の感想は、以上です。
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