映画『ゆれる』を観た感想と考察/ロケ地の吊橋はどこ?ラストはどうなった?【ネタバレなし&ネタバレあり】

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映画レビュー

今回は、「ゆれる」について、作品情報や感想をご紹介します。

「ゆれる」と言われると、「え、何が?」って反射的に思ってしまいます。

しかも、自分的にハズレの無い役者、オダギリジョーと香川照之がメインキャストをはっちゃっていました。

こうなると、私としては観ないほうが難しかったわけです。

そして、いざ期待をして観ましたが、結論としては、期待に応えることは無かったですが、すごくいい意味で期待を裏切ってくれた作品でした。

なんか賛否両論ありそうだなとも思いますが、個人的には好きだったやつです。

これはもう、観てくれと。

気になる人は、観てくれとしか言えないです。

観たらもっと気になる何かができちゃうはずだから、是非、観てほしい。

そう思いました。

今回は、「ゆれる」についての感想や考察を書いていきます。

※この記事では、

・前半は、まだ観ていない方向けに「ネタバレなし」で
・後半は、すでに観ている方向けに「ネタバレあり」で

作品情報と感想を書いていきます。

すでに観ている方は、次のページに飛んでお読みください。

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まだ観ていない方向け

作品情報

2006年7月8日公開。西川美和監督の作品。

第59回カンヌ国際映画祭において監督週間正式出品作品。

監督:
 西川美和
キャスト:
 早川猛 - オダギリジョー
 早川稔 - 香川照之
 川端智恵子 - 真木よう子
 岡島洋平 - 新井浩文
 早川勇 - 伊武雅人
 丸尾明人検察官 - 木村祐一
 船木警部補 - ピエール瀧
 早川修弁護士 - 蟹江敬三
 裁判官 - 田口トモロヲ
 アシスタント - キタキマユ

あらすじ

東京で写真家として成功している猛は、忙しくも自由気ままな生活をしている。

一方、地方に残り実家の商売を継いだ兄の稔は幼い頃から温和で誠実な人柄だが、いまだに独身で父親と2人で暮らしている。

母の一周忌で久しぶりに帰郷した猛は、稔と、ふたりの幼なじみの智恵子と3人で近くの渓谷に行った。

兄弟が幼かった頃、よく両親が連れてきてくれた場所だが猛はそのことを憶えていない。

懐かしい場所ではしゃぐ稔。

稔のいない所で、猛と一緒に東京へ行くと言い出す智恵子。

だが、渓谷にかかった吊り橋から流れの激しい渓流へ、智恵子が落下してしまう。

その時そばにいたのは、稔ひとりだった。

兄をかばうため稔が奔走する中、稔の裁判が始められる。

事故だったのか、事件なのか。

猛の前で、稔は次第にこれまでとは違う一面を見せるようになる。

兄は本当に自分がずっと思ってきたような人間なのだろうか。

当たり前と思い疑いもしなかった事柄の裏面が見え隠れし、裁判が進むにつれて猛の心はゆれていく。

やがて猛が選択した行為は、誰もが思いもよらないことだった───。

兄弟と呼ばれるその絆はどこまで確かで、そして脆いものなのか。

一度離れてしまったふたりは歳月を越えて再び出会えるのだろうか。

記憶はいかに人をだますものか。

人と人が繋がることには、どんな可能性があるのか。

7年後、喪失の中で猛は再び「真実」について大きくゆれることになる。

公式HPより

感想

何が「ゆれる」なのかわからないくらい色々とゆれまくる

タイトル「ゆれる」はおそらく劇中の何かに係っているのだと思いますが、ゆれるものが多すぎて、タイトル「ゆれまくる」のほうが正しくないか?と思えるほどでした。

・舞台となる吊橋が「ゆれる」
・智恵子が兄弟の間で「ゆれる」
・事件の真相の間で視聴者が「ゆれる」
・稔の本性がわからず猛が「ゆれる」
・ラストシーンが明確に描かれず、解釈が「ゆれる」

などなど…。

「ゆれる」に心当たりがたくさんありすぎて、放映中はずっとゆれっぱなしだった気がします(笑)

そういう意味では、タイトル付けのセンスが抜群なのかもしれません。

舞台となった橋のロケ地はどこ?

本作で最も印象的な舞台といえば、やはり事件の起きた吊橋でしょう。

あの橋のロケ地は、どこなのでしょう?

本作全体を通しての舞台としては、山梨県の設定となっていましたが、この吊橋が実際にあるのは、新潟県中魚沼郡津南町で、見倉橋(みくらばし)という橋とのことです。

津波帳の公式HPにも、本作のロケ地となったことが書かれていますね。

写真を見ると、ロケ地として使いたくなるのも納得するほどの景観の素晴らしさです。

もしかしたらこの「ゆれる」の上映以降、観光客の数も少し増えたりしたのかもしれませんね。

おしゃれな小道具が目を引く

個人的に気になったのは、猛の持ち物の数々です。

冒頭で車を運転しているシーンが印象的ですが、この車がまた猛のキャラとマッチしていてカッコいい。

調べたところ、フォードのファルコン・ワゴンという車種であり、このシーンのBGMの曲名が「ford falcon wagon 1964」となっていることからも、1964年式のものとわかります。

なかなかエンジンがかからず言うことをきかない古いアメ車を、「それもまた楽しみだ」みたいな感じで乗りこなすオダギリジョーがハマりすぎてましたね。

また、猛はカメラマンなのですが、スタジオ撮影のシーンで使っているハッセルブラッドのカメラもカッコよかったです。

多少カメラに興味がないと、知らない場合が多いと思いますが、ハッセルブラッドはスウェーデンのカメラで、上からファインダーを覗いて撮る珍しいタイプのカメラです。

実際に写真を撮るまでに、独特のお作法があって、手間がかかるといえばかかるのですが、さきほどのフォードと一緒で、それがまた楽しいと思えるファンが一定数いたりします。

こういったちょっとひとクセあるカッコいい道具を使っているあたりが、男心を非常にくすぐるポイントでした。

別の記事でも話していますが、オダギリジョーは本当にこうゆうひとクセあるような気だるい役を演じたら、右に出る者はいないのではないでしょうか。

そのくらいハマり役です。

こんな方におすすめ

タイトル通り、ストーリーの解釈も「ゆれる」のが本作の特徴かなと、観た感想としては思います。

ですので、わかりやすいストーリーを求めるというより、解釈がわかれることを楽しめるタイプの方は、是非観てみたらよいのではないでしょうか。

反対に、解釈の仕方が一定で、わかりやすいほうが安心するという方は、観るとちょっとモヤモヤするかもしれませんね。

ここまでが、ネタバレなしでお伝えできる感想です。
次のページでは、ネタバレを含む感想をお伝えします。

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